2017年10月19日

現れた三角コーナーにショック

今日、姑宅に行き唖然とした。
カビまみれで捨てたはずの三角コーナーが洗って流し台にいるではないか。
あのカビまみれの激臭の三角コーナーを捨てた袋をあけて見つけたのか..
恐るべし、ゴミ屋敷パワーというか認知症パワーというか
開いた口がふさがらない。

デイサービスから電話があったので
マネージャーに話した。
ママが流し台の下からカビまみれの三角コーナーを発見したと。
ゴミ捨ての日にゴミがないと思ったら、流し台の下にあったんですね、
唖然とした感じで返事が返ってきた。

私は捨てたゴミ箱の中のゴミ袋をあけて、まさか拾うとは
思いもしなかったと話した。
しかもゴミまみれの雑巾も拾ってあるし
それを洗ってほしてあったし、ズボンのはぎれがあって捨てたら
拾ってあったし、今日、それらは私が家に持ち帰って捨てた。

もう、下手にゴミ箱に物も捨てられない。

姑の寝室のエアコンのリモコンは見つからないが
代用リモコンがあって夫がそれを使えるようにしてくれた。

やっと、2つの問題が解決したかと思ったら
デイサービスからの電話で、また足に浮腫みがでてるから
病院に連れて行けと言う...

正直、またか、って感じだ。
前回連れていった病院の医師は2度検査したけど同じ。
運動もしないし座ってばかりでしょ、老化だし
何度も浮腫むと思うけど、仕方ないですよと、言った。

そう言われる医師に連れていくのも何度いっても同じだ。
ならば、前からのいきつけの病院のほうが近いので
明日はそちらに連れて行こうと夫と話した。
連れて行くほうも正直疲れるのだ。
本人はもとより世話するほうが倒れたら今後がもっと大変だ。
しかも、運転手役は肝臓癌の夫か、摂食障害(栄養不足)のママ。
どちらかが運転手役なので、正直、姑のほうが元気がある気がする。
世話してる方も病人なのだから、周りのことも考えての行動になる。

金欠、病人、私を取り巻く現状は日々疲れる。
そんな時はワンコを抱きしめて癒しを得る、ワンコのいる生活に
どこか救われているのだ。

あー、でも三角コーナー拾ってあったのはショックだったわ。

posted by karin at 16:54| Comment(0) | 姑、お世話日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

精神的ストレスのもとは孫

今日も寒い日が続いてます。

孫の話なんですが
孫を持つまではわかりませんでした...
内孫と外孫では孫に対する感情も違ってくると思います。

よく「来てうれしい帰ってうれしい孫」と聞きました。
これは外孫のことでしょう。
私は内孫なのでずっと一緒、なので帰ってうれしい孫はないわけです。
たまに聞いたのが内孫をもたれてる方の話で
孫が可愛くないとのこと。
その時は私もわからなかったのですが...

3年間、内孫を見てきました。
正直、疲れました....

我が家は女児ですが、でも、疲れました。
何度イライラが頂点に達したかわかりません。
子供が嫌いな人はまず孫守は無理だなと思えます。
私は子供があまり好きではありません。
でも、特に嫌いだとか思うわけでもなく
でも、2度と孫守はしたくないです。

ママが精神的に参るのもわかります。
我が家はもう孫というかもう子育ては無理。
ママも育児で体調崩し、そして息子もあまり面倒みない、
夫も我慢してる、私はその中で家族の顔色みながら孫を見る。
もう限界....

幼い子相手に何言って怒ってもしょうがいでしょう、と
大人だからわかってるはず、でも、家族の神経がおかしくなる。
甲高い声を出したり、そのたびに脳がおかしくなりそう。
家の中をどんどんジャンプばかりして歩く。
手だけは早く、瞬殺で物を取っていく。
そのたびに叱らなければならないストレス。
言ったらキリがないほどの家族全員が小さな子供一人に振り回され
家族のイライラは抑えるのに必死だ。

私は年子で男児二人育てた。
もちろん、育児は大変だったが質が種類が違う。
そう、育児でも種類が違うのだ。
私が経験しないようなことを孫がする。
別に孫が憎いわけでも何でもない、だが、時に体に変調きたすほど
影響が出るのは確かだ。
そのストレスは病気になるほどだ。
と、いうか既にママは病気になった。

ぐったり、疲労困憊の毎日だ。

ママの口癖は私はそんなに長く生きられない、最近では
こんなことばかり言うので親はあなたしかいないから
そんなこと言っちゃダメと私が言う。
内心では34キロから太れず免疫が弱く口内炎ばかりができる体ゆえ不安。
ちょっとしたことで、アレルギーがでてお腹を壊し寝込む。
出産してからどんどん痩せ細り力がない。
体が思うようにならない分、イライラで言葉が荒くなる。

そして、私は日々育児ノイローゼ&寝込むママを見てるだけで
おかしくなりそうだが、親だから頑張るしかない。
3年の間にもしかして二人目ができるかもしれないと
使用しない部屋にベビーベッドをそのままにして置いてあったが
先日、私はベビーベッドを解体した。
もう二人目はない、また、ママの体では産めない、
趣味で遊び呆けてる長男には二人目はみれないだろうし
私も孫守はもうご免だし、お金も使いたくない。

長男が休みの日でもママや孫を連れて遊びにいってくれたらいいのに。
自分の趣味で遊びに行くから、結局、私がどこかに連れていき
お金を出すはめになる。こんなことしていて借金がへるはずがない。
今日もそうだ、今日はまだいほう、ショッピングモールで3千円で済んだから。

今は、ママも私も休息が必要、自分の時間がほしい。
せっかくリビングにあったものを2階の自室に移したのに
私の部屋に入ってきては勝手に物を触る。
昨日も、ノートPCを壊されるところだった。
孫が一人できただけで、ここまで拘束されるとは....
必死で自分の感情を抑えるのにこらえる毎日だ。




posted by karin at 15:23| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

姑宅にて、消えた三角コーナー発見。

姑の世話をして3年になる。
石の上にも3年、そんな言葉があるが
気が付けば3年である。
要介護3、認知症、圧迫骨折、うっ血性心不全、細かな脳梗塞あり
1年に1度は入院し、1年に何度も物をなくす。
それでも、身近な人であれば普通に会話する。
ただ、会わないと自分の子供も忘れる。
夫や、私は世話をしてるのである程度普通に会話でき
安心できる部分もあるのだが.....


実は1週間前から流し台の三角コーナーが消えて
生ごみが入ったまま消えたのである。
姑に、なんで三角コーナーがないのと聞いたら
ゴミ箱にそのまま入れて捨てたかもしれないと言う。
まぁ、ない話ではないし、ありえるなと思い信じた私がバカだった。
今までも、姑には驚かされたことがあったのに。

どこを探してもみつからず困っていた。
昨日、デイサービスから電話があり流しにつけてある
エアコンのリモコンがないという。
夕方、夫と姑宅に行き探した。でも見つからない。
しかも、流しではなく寝室のエアコンのリモコンだと判明。
今日、何でも発見してくれるママを連れて姑宅へ。
ママは姑宅で消えたものを発見する力がある('◇')

リモコン探しのはずが必死でさがしたら
流し台の下から三角コーナー発見!臭い匂いは半端なく
他にも生ごみが入った袋発見!
カビがすごくて何故か三角コーナーには鍋の蓋がしてあった。
蓋はカビに埋もれていた....

リモコンは発見できなかったが
帰り道、ママも私もアレルギーがでて
ママはくしゃみが止まらず私は鼻の奥が痛くなった。
ゴミ屋敷の清掃される業者はこんなもんじゃないのだろう。


疲れて帰宅したのは言うまでもない。
まだ鼻がムズムズする

posted by karin at 18:09| Comment(0) | 姑、お世話日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

人生に思う

秋らしい雰囲気、風が冷たい。
四季を感じない、そんな日本になったかと残念な気持ちも
少し紅葉し始めた葉を見ながらいると満更でもない。

年齢がいくようになると、ふと過去を思い浮かべては
今の自分がこの場所にいて、こんな生活してると
想像できただろうか?と思うのである。
人生とは不思議なものだ。必死で生活してる時はそんなこと思いもしない。
ただ、その日ぐらしに必死だ。
なのに、あの頃に想像もしない場所、生き方をしてるのだから
その不思議さに今は感慨深い気持ち。


人生は水の流れのごとしとはよくいったもので
自分がどう流れてどうなっていくなんてわからない。
行きつく先はどこなのだろうか。
水の流れゆく旅は時に激流であり時に小川のように穏やかなのかもしれない。
過酷な人生も、笑っていられる人生も受け止めて生きていくしかない。
どれも人生の流れ、自分は水そのものだ。

受け止めて受け止めて、精一杯生きること。
試練とて、一生続わけでもない、時に陽がさし砂利道のむこうに
花畑がでてくることもあるだろう。
その時、乗り越えた試練は貴重な体験で己を鍛えたと思いたい。
自分のどん底生活の中で自暴自棄になるほど後に後悔を生むものはない、
そう私は自分の人生で学んだと思う。


精一杯に生きる、膝が悪くなり長年勤務した会社を退職したことも
病気の姑や夫の世話をしなさい、
縁あって家に来た体の弱い嫁も
見守ってあげなさい、

どこかでそんな声が聞こえてくる、

感謝で家庭を守りなさい、
自分の居場所を大事にと、
その場所を不満で動いてはいけないと、

どんな回り道しても、きっと此処にたどりついた気がする。
そう思うと、私は人生の次のステージに立ったと思える。
長年の苦できっと魂は垢だらけだと思う。
人だから、生きてるから、いろんな感情があって当たり前だが
辛いと思えばきっと死ぬまで辛いのだろう。
安心感、生きてる事の喜び、これで良かったと素直な気持ちになるには
これまでのことを、自分が生きてこれたことに感謝を思い
生かされてる縁、私を磨き育ててくれた人、社会の縁に
深く感謝なのである。

時に思う、偶然は必然だと。
与えられたことは、きっと私には必然だったのかもしれない。


posted by karin at 22:31| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

町内Sさん物語  (セレモニー会館のイベントに誘われて編)

前置き:町内のSさん(50代)はいい人だけどおせっかい。
自分ではいいことしてるつもり、でもご近所では不満も。
Sさん事件簿はいろいろあるのです。
*****************


最近は何を着ていいか迷う時期です。
そんな今日のこと。
町内のSさんが葬儀屋さんのイベントにいこうと誘いにきました。
いわゆるセレモニー会館です。
そこで野菜の安売り、お菓子、お花の販売、ガラポンがあるわけで
先に新聞などでチラシを配布してチラシ持参でとのこと。

セレモニー会館を何か所も持っているその会社では
毎月、曜日を決めて各会館でイベントをやってるわけです。
私はSさんに連れていかれ、早い人は9時前から並んでるわ、といわれ
10時から始まるのに、気が早いなと思ってました。
あまり気のりはしないまま、行くと常連組が早くもきており
Sさんは多くの方々と顔見知りでした。
白菜の大玉が100円、キャベツ100円とか野菜もいろいろありました。
確かに安いのですが、要は一般の方々に来てほしいわけです。
お友達連れてきてほしいわけです。
ですが、常連が多くいてまず受付、野菜を売る開始時間をまち
ほしいもの買ってお約束のアンケート書く。
ちなみに、はしご組がいて速やかに去っていきます。
暇な人はそこでお茶しながらダラダラいます。
朝から多くのシニア層が来てました。
若い人はいませんでしたし、私の年代ミドル層はいましたが少なかった。
ほとんどが65~80までの間の方がほとんどでした。

はしご組は、次の場所へというのは人集めして
ただで簡単な品物を渡し高額品を売る商法の場所に行くわけです。
はしご組はSさんに今日はただでみかんよ!とか言ってましたから。
Sさんは私はみかん嫌いだからいかない、とか言ってました。
耳にした名前は姑が通っていた物売りの会社の名前でした...
今でもポストにはがきがきます(やぶって捨ててます)
名前きいただけでも私はイラっときます。
その会社に多額のお金を払ってきたことを知ってるので。


Sさんは大きな手帳を持っていて次はどこで何があるかメモってありました。
私に次は25日、どこそこの会館であるから、と言うわけです。
私は人が多い場所は胸がしんどくなるから、もういかない、
今日だけにしておきますと断りました。
Sさんは残念そうな顔してたけど、その場所だけでSさんの顔なじみは
10人以上きてました。
ああ、毎日こんなことしてるんだ、姑と同じことしてる!と思いました。
Sさんがまさか、セレモニー会館でイベントの追っかけしてるなんて
夢にも思いませんでした。

そりゃ忙しいはずです、家の中掃除できてないはずです。
おっかけして走り回ってるのですから。(2度家の中入りました)
姑も家の掃除も何もしないで物売りのおっかけばかりして
ただもらいが、しっかりと何十万の機械とか買ってくるのですから。
ただでリンゴだのトイレロールだのって、高いただもらいです。
そこで仲良くなった人たちと連携してあちこち情報交換
どこにいっても誰かがいるわけで、そりゃー楽しかったでしょう。
家にいたら孤独で友達もできませんから。
姑は20年かけて1千万近いお金を高額物売りに放出しましたから。

Sさんには姑の話はしてあります。
個人的にはいきたくない場所で、また無用な念を拾って来たら困るし。
セレモニー会館のイベントは行きません。
本当は家族葬の話とか聞きたかったのに、でもそんな空気じゃありませんでした。


では、また。

追記
ちなみにセレモニー会館での従業員の対応は幹部は上品にしてましたが
スーツきた数人の男性従業員は毎度のことで慣れてるのもあるのでしょうが
あまり...何というか人としてみてないなと思いました。
つまり毎度うるさいおばちゃん団体が来るとわかってるのでしょう、扱いがイマイチ。
受付の品のようさそうな中年女性従業員もうるさいおばちゃん団体に
眉間にしわがでてました。言葉もどんどんきつくなっていきました。
私もこんな場所から早く帰りたいと思ったし。
今どきのセレモニー会館って大変なんですね。
posted by karin at 23:37| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

今日のつぶやき

先日、連続で2010年に転居してからのことを綴ったことで
結構、気持ちがスッキリしています。
12月、クリスマスがきたら丸7年になります。

ブログやりだして、もう14年くらいになるんですけど
最初はHPが主流でした。
時代もHPが流行っていて、その後、ブログが一気に加速して
無料でHPが作れるサイトとか消えていきました。
私はHP作るのが面白くてフラッシュとか作ったり素材も作ったり
結構勉強もしました。
その時のことを活かしてブログのCSSもはまってタグも覚えたり
無料ブログのテンプレートをカスタマイズして遊ぶのが好きでした。
ブログが主流になってからは、ほぼ毎日更新してました。

ほぼ無料といわれてるブログはやってみましたが
やはり人それぞれ、やりやすい場所に戻るのかな。
最近、はじめたのがムラゴンブログ、ブログ村のブログです。
以前はなかったですね。
この頃はブログも下火かなって思うこともありました。
ツイッターやフエイスブック、インスタなどが流行ってますものね。
私もインスタ以外はやりましたが、やめました。
やはり、いろいろ書けるブログ派です。
seesaaは1番落ち着くかな。長年やってるといろんなことありましてね、
gooでもありましたよ、即、削除して逃げましたけどね、
変な輩には逃げるが勝ちです。ネットは相手が見えませんからね。
また作ればいいわけで。有料ブログとかには興味ないです。
そこまでしてやろうとは思いません。(金欠なので)

でも、良い方々ともお友達になれたこともありました。
そんな時はネットやって良かったなって思いました。
最近では、家族に追われてネットもなかなか思うようにできないけど
ただ、孫が何でも触るようになってリビングから私のものを
全部二階の自室に持ってきたんです。
慣れるまで不便で大変でしたが、慣れたらこうやってブログ更新できる頻度が
あがってきました。
家計簿も落ち着いて書けるし、いいことが増えてきたかな。
なので、プチ新たなスタートかなとも思ったりしてます。

ほんの少し、自分を取り戻せた気がしています。

posted by karin at 22:56| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

転居 その後 3

転居 その2の続きです。

やけくそで、とにかくその日のことしか考えられない日々でしたが
ある日のこと、婆さんがボケてるけど
分かる部分は分かる、そんな脳みそなんですが(認知症)
通帳のお金つかっていいよ、っての一言で水を得た魚になりました。
何度いっても夫が癌だとわからなかった姑が何故か?
息子である夫の癌が理解できたようでした。

とはいえ、数千万あった通帳にはその時点で400しかなかったけど。
婆さんの家がゴミ屋敷、広い畑を地主に返還で整地やらで大掃除に50万ほどかかりました。
また婆さん、他人にお金放出して好きなもの買ってたから。

それでも、私にしたら助かる!義姉に話したらボケた人間のことあてにするなって
婆さんに万一あったらどうする!って言われたけど、
夫の年金あるでしょ、って聞かれたとき1か月9万しかないけど、
そう言ったら、言葉を失って黙ってました。
多分、義兄は元公務員だったのでお金があるんでしょう。


婆さんには悪いけど関係なく使いました、でないと夫が死ぬし...(治療)
さすがに義兄夫婦も夫に死なれたら困るでしょ。
自分たちが婆さんの面倒みなきゃいけないんだから。
ゴミ箱の中に嘔吐、おしっこの始末、義姉にはできない。
私は、お金使ったからできる!ってか、金貸しから借りるくらいなら
それくらい何てことないです。
義姉は姑宅に入るのも嫌だっていってるくらいだし。

実は、その時に県外の友人の残債が70ほど残っていたので
同時に完済させました。去年の秋のことです。
300完済、ホッツとしました。
また県外の友人宅までいきお礼もしてきました。
ですが、残ったのは信用金庫150、これがキツイ。
何とか春までに50は終わらせ、現在96残債です。
何とか96まできましたが、何とかこれを完済できれば未来も見えてきます。

そんな時でした...ママの具合が悪化していったのは。
3年通った貧血治療の病院をやめて9月から頭痛外来、神経内科に通院中。
医師からはこのままだと、死にますよ、と言われ
現在、治療中です。

さて、この6年間に我が家ではいろんなことがありましたが
かいつまんで書いてみました。
こうやって書いてみると、我ながら疲れる生き方してるなーって思います。
されど、これらの経験から大きな人生の経験もさせてもらいました。
前の家で毎日ブログ更新してた時より、自分に磨きがかかったかな?
相変わらず、若夫婦はあまり仲良しではありません。
でも、人生経験が二人を成長させていくと思いたいです。
私や夫も30年間離婚したいと言いながらきましたから。
今の家になってから夫と私は自然体で穏やかにくらしています。

それは、きっと年がいっただけでなく
病気や借金などで感謝の気持ちが深く刻まれたからだと思います。
世の中の方々にも迷惑をかけ、お世話にもなり今があると思います。
間違った道を歩いても、戻ってこれたこと、
そこに感謝という思いがあったこと、

仕事は失ったけど、縁ある道を静かに歩いていこうと思います。

今後のブログ更新はこの内容の続編として進行していく予定です。
まずは残債96完済目指すこと、婆さんの葬儀代を使い込んでるので
それらを貯めこむこと。頑張ります('◇')ゞ


posted by karin at 18:16| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

転居 その後 2

転居 その後1の続きです。

私が働いてたことで何とか多重化した債務も自転車操業で回せてました。
私は隠し事してもダメだということは前の家で学習してたので
多重化したら家族会議だと思い、すべて話してありました。
しかし、結局ね、真剣さがないというか他人事。

親としての反省は、息子が真剣になった時に家もたせないとダメだなーって思いました。
やはり親任せなことがでるんです。ほとんど親任せ。
29歳で親がかりで家を建ててローン組んでも、
生活は親と嫁でやればーなんて感じです。
俺は名義貸しだから、みたいな。
で、家の中で1番必死で影の大黒柱は結局、私です。
借金ゼロで引っ越しのはずが、気が付けば友人融資300に
信用金庫に150、あっというまに450になってました。

それでも夫のバイトがみつかって冬以外は収入があり
でもまだ年金はもらってなくて4年くらいは夫婦でどん底生活。
その間、次男は新潟へ行くとかいって引っ越しにお金かかったし。
結局、戻ってきて、家に入れるお金は雀の涙。
預貯金のない息子夫婦に子供がさずかって、ほとんど私におんぶにダッコ。
結局ね、私個人はお金かからないけど周りで借金増やしていくような
で、孫はやんちゃときたもんでママは半ノイローゼに乳腺炎。
まともな育児ができない、そこで私が育児応援で自分のことがままならない。
前の家で毎日ブログ更新してた日々が嘘のよう。
自分の時間がないまま現在へ。

長男はと言えば会社の飲み会だの趣味バカで遊びにいってばかり、
なので毎月の交際費が数万で生活圧迫でママが生活できないと私に愚痴る日々....
長男に言うと面白くない顔で返事もしない。

そこへ姑の介護、お世話がプラス....どん底から底なし沼でした。
お金はない、若夫婦は頼りないし話にならない、
夫は肝臓癌告知で...聞いた途端、終わった..と思いましたよ(-_-メ)
すべて終わった、2年前から夫の年金がでるようになり
それだけが生きる糧、私はさすがに体に負担がかかり膝を壊し杖生活で退職。


もう、どうにでもしろ、やけくそ、ってこういうことね、みたいな。
どん底、底なし沼もいい具合にはまった頃、ちょっとだけ救いが。

それは....続く....
posted by karin at 17:31| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする