2017年12月13日

聞きたくなかった昨日の電話

師走も半ばとなり、今日はみぞれ交じりの寒い日になりました。
最近、ブログ村で貧乏ブログをいろいろ読んでましたら
結構、居心地がいいなと思う気持ちが出て...
やはり、読んでると気持ちがわかるんですよね。

前から貧乏、今も貧乏、そしてこれからも?貧乏??
いえいえ、これからもずっと貧乏は嫌です。
過去は過去、現在は頑張るしかない、その頑張りが少しでも
未来につながるようにしなくては、そう思う毎日です。

もうひと頑張り?かな
いや、もしかしたら何回も頑張らないといけないかも

そんな自分のためにも、
ちょっと背中押す意味でもランキングの仲間入りしようと
以前作ったブログを寝かしてあったので
そのブログで今日、ブログ村のランキングに仲間入りしました。
ランキング自体は気にしない、その中に混ざって頑張る意識を持つことが
大事なんだろうと思います。
生活苦の方々、頑張ってる日記を読んで
私も自分に喝!です。
誰もこないブログでアクセスはほとんどないです、寝かせてあったので。
自分一人、誰もみていない日記をもって「その他生活」の
家族のための借金、通所介護、老い支度の各カテゴリーにまぜてもらいました。

この12月から来年は家族に流されてる暇はありません。
支払い期限が迫ってるし(夫の銀行ローンカード)
60歳過ぎたらカードローンは収入があっても手をだしたら
いけませんね、行くのは年だけ、そして年齢制限でカード停止、
あとは督促だけですから。
いつまでもあると思うな、親と金...ですね。
来秋まで、とにかく必死にやらなきゃ。
今の自分には、あえて借金ランキングにまぜてもらうほうが
いいのかもしれません。

前の家では教育費で泣かされ、今の家では医療費に泣かされ
ずっと借金人生です。もう15年になりました...
新築の家が借金の元金と利子で建ってるかもーーと思うことがあります。
それだけ借りて支払ってきました。
本来なら自己破産か離婚か?一家離散しててもおかしくないな、
そう思うことがあります、危機もあったし。
でも、現在、虚弱体質、病気を、働けない家族を背負っても
みんなで仲良く暮らせて、新しい家の中にいられること、
これはお金で買えるものでもなく、家族あってのこと。
感謝しかないし、自分も頑張ってきたし。

58歳、もう還暦もすぐそこ。
正直、普通に悩まず暮らしたい、と思いますが
まだまだ頑張れと神さまが与えてくれる試練に耐えていこうと思います。

++++++++++++

昨日、久しぶりに前々職の仕事仲間が電話してきました。
私と同期入社で長く一緒に仕事してきたHさんが乳がんで夏に退職したよ、と。
びっくり!3年前に私が退職したときは、18年勤務したこともあって
古株たちと食事会などお別れ会をして頂きました。
しかし、Hさんは入院してその後、静かに退職されたとのこと。
虚しさが胸に込みあがりました、正直、そんな電話ならしてほしくなかった。
聞きたくなかった、と思えどその人も2月で定年とのこと。
つくづく多くの従業人にお疲れさまとお別れ会をしていただいたことに
てっきり、Hさんも2年後には定年、そうやってお別れ会してくるものだと思っていました。
Hさんは入社20年目で静かに去ったことになります。

そして、とうとう今年は癌にはじまり癌に終わった、
そう思いました、夫の辛い癌治療が去年群れから続き
年明けも入院から始まり、師走の今、同期の桜だったHさんの癌のお知らせ
秋には友人の大腸癌ステージ3bの知らせ...

辛い事ばかりあった1年でもありましたが
こうやってブログを続けられてることは幸せなこと。
そう思い更新していこうと思います。
posted by karin at 16:07| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月04日

ばーちゃんは金欠、孫へのクリスマスは...

世の中はクリスマスや正月商品で一杯です。
貧乏家には厳しい年末です...

ども。ため息交じりの貧乏家を支えるおかんです。
3日、4日の週末は凄まじい商戦でスーパーのチラシは
これでもか!ってほどに賑やかでした。
今日スーパーを数か所回ってみたら
子供向けのクリスマス用お菓子の詰め合わせで、人気キャラ物は
すっかり売れて穴ぼこだらけに。

特にプリキュアの企画ものはかなりの人気で
私も11月末から各スーパーの売り場でプリキュアのクリスマス企画
お菓子商品をチエックはしていたのですが...

甘かったです(-_-メ)
世の中、お金持ちが多いということが改めてわかりました。
所詮、商品券でゲットしようとか
ポイント高い日にとか
そういう貧乏くさい戦略はお金持ちには勝てないのであります。

今年はいい勉強になりました。
ええ、来年は負けませんって!
我が家の孫3歳は、毎日サンタさんがプリキュアアラモードの
プレゼントを持ってくると信じてます。
そうです、今はプリキュアシリーズのアラモードなんですね、
ばーちゃん....となってしまった私は
時にテレビを見て勉強しないとなりません。

疲れます.....

で、今日、朝、たまたまあるスーパーの売り場で
クリスマスお菓子キャラ物が減ってるのに気が付き
慌ててスーパー巡回に出たわけです。
1500円のジュエリーBOXは可愛いですが、
貧乏ばーちゃんには買えません。
それも、どこのスーパーも残りわずか...
最後にいったスーパーで980円の企画物を残り1個でゲットしました。

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とにかくこれでクリスマスは逃げ切ります。

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カレンダーの言葉が沁みます。
「幸福とは決して一人では味わえないのです。」
孫と幸福を味わうことにします。
ちなみに赤いキラキラブーツは私のです!可愛いでしょ。
自分にも小さなクリスマスをしてあげようと思います。
今年は頑張ったので。ちなみに小銭貯金で自分のは買いました。


孫は幼稚園も決まりました。
正月にはお年玉がいります。そして入園準備には
お祝いがいります。
多分、私には最初で最後の孫になります。
たった一人の孫と思えば安いものです、が...
貧乏なので一人でもキツイのが本音です。
でも、貧乏ながらに幸福を味わいたいと思います。


posted by karin at 17:32| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

師走、自分で自分の背中を押す

師走、12月に入りました。
今日は寒くて雨。
夫もバイトが冬休みに入り、4月までは無給。
そのバイトもいつまでお声がかかるのか...
今年は我が家は病気の嵐だった。
年初めは夫、姑の入院、
夫は春まで毎月入院、つらい癌治療だった。
今も定期的に通院だ。
その後、姑は心臓が悪くなって毎月通院だ。


そして後半は嫁が胃潰瘍、ピロリ菌の除菌
栄養失調で入院、そして2度目に風邪で倒れて点滴...
これらの付き添い、お世話は私しかするものがいない。
その私は去年膝を悪くして動けないほど痛い目にあった。
この2年で、どれくらいお金が流れたか。
貧乏ってこうやって朽ちていくのか、と一時は悲観した。

嫁の体の弱さに長男も肩を落とした。
親子でこのままだと孫を育てていけるのか?とまで
話し合った夜もあった。
姑の預金も我が家のお金も底打ち、ローンの残債あり。
今、誰かが逝かれたら家族葬もままならない。
50代後半でなんていう生活してるのかと自分で情けなくなる。

されど、何故か私は悔しさが募るほど燃える。
そう、凹んで落ち込んでも何故か?燃える。
頭が悪い?自分の人生に負けていく?
マイナスに思うことが全て悔しくて...それがバネになる。

さぁ、開き直ると何でもできるぞ!
あのとき....私は死んでいた。
事故のときも、産後の危篤も..
結局、死ねない命だったんだと、そう思うと不思議と
生きてやる、こんなことで負けてたまるかと
何度も、何度も心の中で自分の声がする。

何度、裸一貫からのやり直しかと思いながらやってきたか、
50代最後の粘り、今日から師走、
月初め1日に頑張るぞ!と思うのだ。
posted by karin at 17:13| Comment(0) | お金のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

貧乏輪廻

深夜の雷、
まるで天変地異でもおきるかと思うような
ひどい雷だった。


北陸の雷はすごい。
それでもここ数年は冬雷は以前と比べたら
おとなしめだった。
それが、いきなり久しく物凄い雪を呼ぶような
冬の雷にベッドの上で飛び上がったほどだ。


おおーー、懐かしくもひどい雷。
とはいえ、北陸独特の雷が久々に訪れたかと思うと
懐かしさもでたのだった。


雷に変に感動してるどころではない。
私の人生そのものが、冬雷だわ、と心の中では萎えた気持ちが出る。
別居ではあるが婆さん(姑)かかえて
肝臓癌の夫抱えて、しかも、いよいよ今月からバイトは少なくなり
来月からしばらくの冬休み....無収入。
頼るは2か月に1度の少ない年金。
そして働きにでれない栄養失調の嫁。
これらの生活管理を私がしている。


5人も大人がいて長男だけが正社員で1馬力。
次男は派遣で家の中にはわずかしか入れられない。
その昔、私は思った。
夫、長男、次男が社員で働けば...やっと楽になるって。
ところが人生はそう甘くない。

元気でパートに長年出ていた私もついに
去年6月には体を壊し退職、
何故かその後ガタガタと周りは病人だらけ。
入退院繰り返すやら病院の付き添いばかりで
もはや、私の仕事は周りの付添人&世話仕事になってしまった。
姑の預金を使っていいと本人に言われても
もはや預金は...ない。


車1台分の預金は消えるのに時間はかからない。
されど、その預金があったおかげで夫の命は救われた。
が、結局、まさかの老後生活に日々悶々である。
老後にはまだ早い?と思いたいがこのままだと先が見える。
できれば私の退職と交代に嫁に働きに出てほしかった。
が、32キロの栄養失調では無理な話だ。

貧乏が続く輪廻とは....
思うことは多々あるが、人間だもの、いろいろあって当たり前
そう思うことにしている。
生まれてきた以上、「生きる」ことが大事なのだ。
基本はこれしかない、と言い聞かし
今日も又、明日を思うのである。
posted by karin at 16:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月13日

残すは10か月、あとがない..

毎日が足早に過ぎていきます。
朝起きて、2階の自室から1階のリビングに降りたら
夜まで自分の部屋に戻れない日もあります。
戻れても、着替えや掃除などで一人ゆっくりPCを眺めることも
なかなか思うようにできません。
しかしながら、リビングに置いてあった前のノートPCが壊れたことで
2階の自室にPCを置くようになってからは、災い好じて明け方や深夜に
なんとかブログ更新ができたり検索したりする時間が持てました。
でも、なかなか思うほどではないですけど。


日々忙殺されてるような感じですが
ママの退院後、隠居どころか主婦復活で毎日がバタバタです。
趣味?の狭い庭でのガーデニング、大根を植えてあるのですが
なかなか面倒みてあげられない。
NHKの趣味の園芸、先日はぶどうの作り方やってました。
いつになったら、のんびり好きなことできるのかな....

さて、私には重い使命がありまして...
カードローン持ってる方ならご存知かと思いますが
金融機関によっては年齢制限がありまして60歳や65歳、70歳など
ほとんどが65歳かと思いますがカード機能が終了します。
夫名義の銀行カードローン、先日ハガキがきて
来年9月、夫の誕生日で終了いたします。
残債があると基本一括返済、申し出があれば今まで通りの返済もできます。
そう書いてありました。

このことは知っていました...が、いろいろあって
残債、現在95万残ったまま(-_-メ)....
で、来年9月までに95万完済させないとなりません。
申し出て今まで通りにと言ってもいいのですが、借りられないものに
ダラダラする気もありません。
もちつ、もたれつの関係ができないカードは必要ない。

で、私は必死でやりくりしてますが
なんせ、その裏で家庭内は病人かかえてばかり。
貧乏していくときって、こうなんだろうか?と思うことも。
なので、姑の預金も了解済みで使わせてもらってますが
なんせ夫の肝臓癌で100万ほど使ったのは痛かった。
それでも、姑の預金があったから助かった命。
親孝行しないといけません....が、なかなかできません。

我が家は夫が仕事運がなくて失業3度で
しかも働いてる時も生産業で不況が影響しずっと賞与もなく
退職金もなし...なので私のパート代も滴のようなもの。
結婚以来、ずっと貧乏で預金するチャンスさえもない。
20年くらいで生活、教育費などで1400万の多重債務しました。
親はお金持ってたけど、助けてくれなかったので自力でやるしかなく
社会に助けてもらいました。
と、いうのはカード会社であり銀行さんです。
その間、ネットで一杯勉強しました。
一時は借金仲間の輪ではないけど教え教えられで学び
多重債務の世界を覗いてきました。(社会勉強になりました)
その1400万が残り95万です。

それだけ返済して、もう95万、と思うのですが
この最後の95万が重い!
我乍ら、ろくな収入ないのによくまぁ、返済してきたと思いますが
でも、95万をどうしても来年9月までに返したい。
もう、ここまできたら自分の精神力との戦いです。
そんなわけで、問題ありな家族を背負ってなんとか峠を越えたいと思います。
ちなみに夫は12月からバイトが来春まで休み、無収入です。
癌もあるので無理はさせられません。

なんかね、もう、95万と思っただけで変にプライドが
自分に腹が立つ。なんで返せないかなー..とか。
なんで95万で悩むかなー、とか。
結局、お金がかかる家族抱えてるから、思うようにいかないのも事実。
とにかく、残り10か月、頑張る。





posted by karin at 00:26| Comment(0) | お金のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

ママの退院、孫守りにぐったり

ママの入院その後...

ママ(嫁)が退院し、やっと我が家は元に戻った。
6日の月曜に退院できホッツとした。

しかし、ピロリ菌ってひどいもんだなーと思うのである。
よく耳にする菌ではあるが、まさかママが保菌者だとは
夢にも思わなかった。
不衛生な井戸水や口移しなどで移るとは聞いていたが
ママの実家は田舎で当然長く井戸水生活だった。
婆ちゃんに育てられ、口移しも普通に考えられる。


今回、ピロリ菌の怖さを目の当たりにした。
ママの胃の画像が脳に記憶され
ピロリ菌恐るべし!と忘れられないものになった。

また、ママの入院で計画してた生活改革が頓挫し
財布から予定外のお金が流失したのは言うまでもない。
ママの入院中、孫守で予定外の出費が毎日だった。
孫とはお金のかかる生き物である....(-_-メ)

posted by karin at 05:30| Comment(0) | ママ(嫁)のお世話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

今度はママ(嫁)が入院

昨夜はあまりの疲れからベッドに横になったらすぐに寝れた。
日曜にまたも台風が来て、その影響で雨、昨日も寒かった。

先週の日曜は他県の友人が遊びに来て台風で交通機関が麻痺、
結局1泊2日が2泊で私も宿泊に付き合った。
癌というおまけも連れて告白されたのだが
そのショックから立ち直れないまま、今週の日曜を迎えた。
今度は、嫁である我が家のママが風邪で寝込んだ。
深夜に高熱で長男が氷枕どこにあるか?と深夜に私の部屋に聞きに来た。
1階リビングに降りて氷枕を作りママに渡した後
長男と少し話した。

次男とも話してたんだけど
ママを1度大きな病院で検査させたほうがいのではないか?
(ちなみに次男はママが精神的にもマズくなってると言う)
9月から近くの病院で診ては貰ってるけど
消化器専門だと思ったのに、奥さんのほうの女医さんの
頭痛外来に回されたし、まぁ、あの時は頭痛が確かにあったけど
なんか、また違う気がする。
そう言うと、長男も実は俺もそう思ってた。
今のままでは、おかしくなる一方で俺も仕事が忙しいし
ママに何かあっても休みばかり取れないし、
おかん、悪いけど明日、大きな病院に連れていってくれるか?

そんなやり取りで翌朝、昨日の朝のことだが
6時半にママに長男から頼まれたし
一緒に大きな病院で検査しよう、と言ったら
大泣きされた.....
今のママでは子育てもできない、痩せていくばかりだし
長男も困ってたよ。

ママはどうせ私なんかいらんもんやし、とか
だから実家に三日ほどかえろうかと思ってたし
とか、わけのわからんことを言いながら泣く。
私は、実家に帰っても婿養子がいる家の中で誰がママの面倒みてくれるの!
悪いけど実家が今まで何かしてくれたの?
何もしてもらってないでしょ!帰っても邪魔なだけよ。
私もそうだけど嫁いだら帰る家はない、そう思いなさい。
息子もママが心配だから病院で検査してほしいと言ってる、
どうでもよかったら無視するでしょ。

ちなみにママの実家は充てにならない母親と婿養子がいる。
実家に帰る場所はないし邪魔にされるのは見えてる。
孫が生まれてから新品どころか誰かからもらったような
お古をいっぱい持たされてくる。
ママは着せたくないので、結局後に私が捨ててる。
お金に汚いというより感覚的に変わってる実家だ。
孫に何か買ってくれるとか何もない...
娘のママにでさえ、何もないのだから当たり前か...

ママは泣くだけないたら今度はケロッとしてスマホで病院検索してる。
夫が通院してる県の病院は遠いし大きすぎるとかいいだし
結局、家の近くにある夫が以前通院してた病院、
現在、姑を連れて通院してる病院に連れて行った。
朝、8時半に入り帰宅したのは14時半、ママは入院になった。
受付で最初から消化器科を頼み検査、私は夫と同じほどの年齢の医師に
すべて話した。
名前を呼ばれて部屋に入って医師がどうしましたか?
の言葉にすがるように、先生、困ってまして...と言葉のから
風邪ひいてから特にひどくなったんですけど
3年前出産し、ひどい乳腺炎になってから今まで、どんどん痩せて
食事も普通の人の食事ができないんです。
じんましん、関節の痛み、口内炎、腹痛、胃のむかつき
頭痛、不安症、などなど...私はメモしていった紙を見て伝えた。
できれば、この子の体の中を1度診てもらえませんか?
近所の内科では頭痛外来で問診だけで体は診てませんし、このままだと
危ないし、大手に紹介状書くとも言われました。

栄養失調で全体的におかしくなってるのか?
何か他に変なものが体にいるのか?精神のバランスも崩れてるので
そう言うと医師は、栄養失調は間違いないですよ、
(その一言で、私、まずは凹んだ....)
では、いろいろ検査しましょう。
その後、CTや胃カメラなどした。
肺から下へ....問題はないが、炎症反応が強くでてますよ。
一つ見つかったのは、ピロリ菌がいて悪さしてますよ。
胃のモニター、写真をみたら胃壁が全体にじんましんのようになってる。
潰瘍が1個あるとかでなく胃壁が全部荒れて霜降り状態、
医師は、でも炎症反応がこれかはわからない、ほかにあるような気もする。
入院して、まずは胃潰瘍を治し、炎症反応が消えればいいけど
そうでないと他に何かあるということになります。
体力もないので大腸検査も今はできませんから、1週間入院しますか?

その言葉に私はお願いします、と返答。
大部屋にしますか個室もあいてますよ、と伝えられ
大部屋と言いかけたが、不安症を持つママのこと
高いが個室を選び入院させた。

次男が仕事休みで病院に2度きてくれたし、夫も休みで
家では孫を面倒みてくれた。
次男は、私にだから言っただろ、おかしい!って。
精神がおかしいのも栄養失調からきてるんだよ、
治療させないと、子育てできんよ、そう言った。
長男は今で良かった、来年は幼稚園に入園だし。

正直、ぐったり疲れた夜だった。
本人は自分が入院するほどだったとは思いもしなかったようで
ポカーンとしてる感じだ。

今月も、もう終わりだというのに
病気オンパレードのような1か月だった。
まだまだ、これから始まったばかり、ママの治療は続くのだ。
現在の体重34キロ。
(-_-メ).....



posted by karin at 05:44| Comment(0) | ママ(嫁)のお世話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

新たな試練

台風21号が去って、週末は22号がきそうな感じ。

今週の私は最悪で気持ちが落ち込んでる。
友人が22日からこちらに遊びに来た。
県外なので高速バスで1泊2日の予定でやってきた。
何か話があるらしい...

台風の影響で街は雨、風もでてきた。
そんな中、私はママに車で送ってもらい繁華街で下してもらう予定が
雨で運転もかなり神経使ったみたいで、私も焦った。
孫も乗せてるので、ここで下してといった場所は
頭で思ってるより約束の場所が遠く、私は台風の中3キロ、1時間以上歩いた。
当然、服はずぶ濡れ、そんなこと考えもしなかったので
着替えなんてもたないできた。
友人からは心配され30分も約束から遅れて到着。
ついたときには疲れ切っていた。


ホテルのロビーで休憩、友人にわけを話す....
ママが不安症や神経過敏な病気を患ってることも。
とにかく、私は3キロ台風の中歩いたのだ。
これだけ歩いたのは5年ぶりかな...

友人はもう何度もこちらにきて同じホテルで宿泊する。
前にも台風で連泊になった。
結局、今回も高速バスは運休で連泊になった。
私は1泊の予定で着替えがないことが、余計な出費になった。
繁華街の店舗でおばさんの大きいサイズなんか売っていない。
結局、ユニクロでメンズの大きめのサイズを買い後に息子にあげた。


1泊目の夜、唐突に彼女から、私、癌だから、と言われた。

「癌」そのものには驚かない。
夫は肝臓癌だし、癌治療も去年10月から見てきてる。
だが、彼女が「癌」だということがショックだった。
え?癌!聞き直すと
彼女は大腸癌で2月に血便がでて病院にいったら紹介状持たされた。
その病院で調べたら腸管にチューブが入らないほどS字に癌がいて
ふさがっていて、すぐに大きな病院で手術受けたけど
リンパや肝臓、肺にも転移してる。
ステージ3bと聞かされ、何をどう答えたらいいのか
私は言葉を失った...

その手術から半年たった。
彼女は動けるうちに行きたい場所にいこうと思う、
先月は一人旅で倉敷にいってきたけど急に薬の副作用が出て
何も食べられず温泉も入れなかったと言った。
今は、食欲もあって大丈夫と言った。
私より多く彼女は食べる、つきあってたら私は2日間で2キロ増になった。
本当は甘いもの食べたらダメなの、そう言いながら
甘い和菓子を食べていた。


知り合ってから彼女がこちらにきたのは今回で5度目。
私は1度だけ相手の家にお邪魔した。
お互いの家庭の事情もよく知ってる仲になっていった。
そんな矢先のこと
彼女は「癌」になった。
私はどうしたらいいのだろうか?
いや、夫の肝臓癌でさえ何もできず、とにかく付き添い
見守るしかできないのだ。


台風で2泊3日になってしまった間、観光などはしないで
ホテルでゆっくり時間を過ごした。
翌日、帰りの高速バスがバス停に着いた。
彼女は猫が待ってる、心配といいながら癌とは思えないほど
足早にバスに乗り込んだ。


そしてバスの中から一杯、一杯手を振ってくれた。
またね!また会おうね!そんな気持ちで私も手を振った。
これが永遠の別れとなりませんように。
神さま、どうか彼女をお助けください...そう思う気持ちに
目が熱くなった。

彼女が去ったあと、私は重い荷物を持ちながら1時間
意味もなく繁華街を歩きまわった。
その気持ちのまま帰りのバスには乗れなかった。
歩きながらひたすら彼女の今後を思い続けたが
そんなものは神様にしかわからないのだ。
自分の気持ちが落ち着きだしたことを感じバスに乗り込む。
自宅までの帰り道は彼女とこの道を歩き、
建ったばかりの我が家を見せるため歩いたっけ...
思い出がどこまでも出てきてしまう。

夫の肝臓癌
そして、彼女の大腸癌
ともに私には大きな試練である。
posted by karin at 17:59| Comment(0) | 大腸癌の親友 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする