夫の病室へ/高熱から微熱へ入院6日目

今日はお天気もよくコートなしでも外を歩けました。
なんだか久しぶりに気分もグッド!
しかも、やっと、やっと3週間痛かった歯から解放され
歯科が最後の診察でした。
あーーー!嬉しい!

ブログなんですけど、ちょっとだけタイトル変更、短くしました。
ブログ作った時、あまり深く考えないで、タイトルつけたので。
そのまんま!治療なので治療中ってことがタイトル。
ただ、癌って文字はつけたくなかったのでさっぱり治療中のみ。
ささやかな抵抗かな、だって癌って漢字、嫌いだし。
そんな字、好きな人なんか誰もいないですよね、

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今日、夫の病室に行ってきました。
ママと孫も一緒に。孫は爺ちゃーーんと大きな病院の中走るし
ただ病院は午後、外来もなく平日と違って簡素だったのでホッとしました。
その爺ちゃんである夫は、丁度、お昼ごはんでした。
高熱も下がって微熱程度まできたようで、たまたま医師がきて
来週月曜に検査して退院にむけお話もできるかと...そう言いました。
テレビ大好き夫が、まだ1度もテレビをつけていません。
それどころではなかったようで、しんどかったのでしょう。
今日、どこも痛くない?と聞けば痛くないと言うし
しっかり食事もしてたし、とりあえず安心しました。


夫が癌と言われた日から今まで、どれだけの癌ブログや
肝臓癌に関する知識をネットで読んだかしれません。
この思いは、多分、癌患者を家族に持つ人なら同じだろうと思います。
私が、いろんな方々の癌日記を読ませてもらい、勉強になったり
感情を揺さぶられたり、ネットとはいえ、そこには現実に癌と戦う
患者さんの悲しみ、苦しみ、切なさ、家族の心配など
モニターを挟んで胸が熱くなったり、励まされたり心にずっしりくるものがありました。

私はこのブログを作って良かったと思っています。
今や2人に1人が癌になると言われてる時代、でも、私の周りには
アルコール性肝炎や肝硬変、そして肝臓癌の経験者のがおらず
ネットでしか情報を得ることしかできませんでした。
幸いに、ブログ繋がりで訪問してくださる方の中に癌の知識がある方がいて
ご自分のご家族経験から、教えてくださいました。
私はそれが大変、嬉しかったです。

なので、これから自分が経験していくであろうことを
誰かの役に少しでも立てるならと思っています。
私も現在、夫の病気に際し、ネットで救われています。
アルコール依存の怖さ、肝硬変の怖さ、そして肝臓癌について、
何度でも書いていこうと思います。

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夫の場合入院から6日目の本日は
肝動脈塞栓治療の高熱38度〜39度は5日間続きました。
6日目の今日は37度台で起き上がれてました。


posted by karin at 18:30Comment(0)肝臓癌

夫の入院/肝動脈塞栓治療

今日で11月も終わり。毎日が早い。
3週間痛かった歯がやっと落ち着きだしたが、その間2回歯科に行った。
鎮痛剤飲んでも毎日痛みが続き、義歯を入れられず
やっと痛みも引いてきたが義歯を入れるとやはり痛いので
次回の歯科でまた相談しないとならない。
そんな歯の問題を抱えながら夫の入院の日がやってきた。


11/28月曜、夫は入院した。次男と私と夫で9時半前に病院に着き
10時から正式に手続きをすませ病室に入った。
私は病室に入って、今日から長い癌との戦い、そして治療という名の旅が始まる、
そう深く心に感じていた。

担当看護師さんから説明があって着替えをし、午後の治療のために
準備が少しづつ開始された。
まず、毛ぞりが行われた。先に足や治療する周りの毛ぞりをします。
そう言われ、カーテン越しに私と次男はシエイバーの音を立ったまま聞くことになった。
やっと、終わった、そう思ったらシャワー室が混んでるので体をふきます、
そう言われ、その後、心電図とレントゲンに行ってきてください、とのことで
6階から1階に降りて夫を心電図部屋まで連れて行き、私と次男は一端、帰宅した。
看護師さんは13時には部屋に来てください、治療が始まりますが
ご家族誰か、部屋にいてください、とのことで11時半に帰宅したが1時間ほど
家で休んだあと、今度はママの運転で13時頃に病院に行った。

夫は鶯色の手術着に着替えていた。
それはまるでカエルがひっくり返ったような恰好だった。
両足には白い圧力のある靴下をはかされ、過去の入院が嘘と思われるような
いよいよ本当の治療が始まるんだと思えた。
過去、別の病院で入院したのは単なる療養みたいなものだと思ったし
今の姿で180度違う雰囲気に夫はどう感じているだろうか。

体からは何本ものチューブがつけられ、点滴やら尿管チューブやら
肩には時間ですからと注射され、ストレッチャーが迎えに来て
ベッドから乗り換え運ばれていった。
私はその後ろ姿、光景を廊下で見えなくなるまで見届けた。
心配?いや、夫が肝動脈塞栓治療をどんな気持ちで受けるのか?
アルコールの怖さをこれでわかってくれるのか?
そんな思いで見届けていたかも知れない。

夫が治療してる間、私は4人部屋の片隅で椅子に座っていた、
部屋の入口の横、そこで夫が戻ってくるのを待っていた、
疲れと眠気と固い椅子で背中とお尻の痛さ、
1時間で戻ると言った看護師さんの言葉は長く感じた。
途中、同室の患者さんがベッドごと運ばれてきた。
酸素マスクをして頭には白い布を巻いて眠ったままだ。
看護師さんがバタバタして何度も部屋に来たし、その後、家族が来た。
年配の女性が頑張ったね、頑張ったね、悪いとこ全部取れたって!
うまく行ったよ!そう大きい声で話している。
その内容に、私はこの人も癌だ....と思った。
良かったね、手術で悪いところが取れたなら後は回復するだけ。
夫のように手術不可より未来はあるね、と心の中でつぶやいた。


夫の隣のベッドでは独身かと思うような若い男性。
しばらくして若い素敵な奥さんがやってきた。
奥さんが帰ったあと、医師がきて小さいお子さんいるんだね、
サポートしてくれる人いるの?と聞いた。
家族がみてくれると言う男性に医師は誰かが見てくれないと
無理だね...と話す。
一体、この若い男性は何の病気なんだ??と思いながらいた。

真向いの年配男性は私服で出たり入ったり、落ち着きがない。
入院する意味が分からない、病人にみえない...

そんな光景のあと
急患が入り、治療13時が13時半となって戻ってきたのがほぼ14時半ころ。
看護師さんが病室の空のベッドを運んでいき、夫を乗せて戻ってきた。
麻酔がきいてるのか眠ってる顔、その顔はかつて病院で亡くなった舅に
そっくりな顔だった。
少しして夫が目を開いた。大丈夫?苦しくない?
夫は頷く、しばらくしたら水が欲しいと言う。
看護師に言われたペットボトルにさすストローキャップは全く機能せず....
まず力が無くてペットボトルは持てないのだ。
ゆえに口にもうまくストローが運べない。
万一備え、横から飲める昔ながらの水差しを持って行ったが
これが活躍だ!やっぱ、これでないとダメだ。
声にならない、かすれていき絶え絶えの様子で
つくづく健康でいられる体がいかにありがたいことなのかと思った。
そう思うと健康というものは何物にも代えがたいと感じた。
当たり前のことが本当に大事なのだと。


夕飯の18時まで夫は眠った。
16時に医師3名塞栓チームがきて様子を見に来た。
私はありがとうございます、と3名にお礼を言った。
だが、治療に対し何の説明もなく.....
看護師があとから先生からお話があるかもしれないので、と言ったが
その為にいたが、何もなかった。
夕飯のことも気になりいたが、結局夫が戻ってから
夕飯までの時間、もう私の体は限界でかなり辛かった。
夕飯は起き上がれないのでおにぎりだったが、夫はいらない、と言った。
とても食事とれる様子ではなく看護師に伝え
私は迎えに来たママの車で帰宅した。

家についた私は体が限界でお風呂に入ったあと
ベッドに倒れこんだ、背中、腰が痛くて精神的疲労から
寝込んでしまった。気が付けば朝だった。
本人も治療は辛いかもしれないが、見守る家族の疲労もハンパない。
そしてお金の工面もしなければならない。

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翌朝、疲れが少し改善しママの運転で病院へ。
13時頃に着いて夫をみたらアイスノンをしていた。
熱でたの?と聞いたら夜から39度の熱が出た、と言う。
やはり、熱がでたのかと思った。
ご飯は食べたの?と聞いたらお腹すいて食べた、と言う。
声は小さいが言葉には力があったので安心できた。
孫がいたので、早々に病院を後にした。

今日はママと長男が見舞いにいく予定だ。
熱が下がってればいいのだが、熱が引かないと入院が長引く。
今日は私は孫守りしながら留守番だ。
posted by karin at 12:38Comment(0)肝臓癌

入院の準備をはじめました。

今日は良いお天気で動くと汗ばむほどでした。
布団ほしたり、洗濯を何度もしたり、大掃除もはじめたり
年末にむかう時期、もったいないと思うほどのお天気に
時間がけで動いてました。

一息ついてからママ(同居中の嫁ちゃん)と買い物へ。
孫2歳も一緒、今、やんちゃ盛りです。
11/28に入院が決まってるので、少し日があるけど
準備を始めました。
6年前から入院は2回してるので多少はわかってるのだけど
その都度、新しいパジャマ買ってます。
今回も安価なものだけど、しまむらで2枚買いました。
今日は肌着を買いました。
それと「日田天領水」の500mlを6本。
入院中に飲む水としてです。

家計簿を長年つけてますが、家計簿つけてる意味があるのか?
と、思うほどお金が出ていきます。
我が家は6人家族+ワンコ
長男夫婦には住宅ローンを払ってもらってるので
なるべく食品は私が買うようにはしています。
ママも孫が2歳で育児中。
私は6月まで働いてましたが体をひどく壊して退職。
今は夫の年金とバイト代が頼りです。
多分、夫の癌のこともあり本当は働きたいけど姑の世話も思うと
無理だなって思っています。

実家の母が今年80歳、以前、肺癌の初期で手術しました。
その病院では「日田天領水」を勧めてたようで飲むようにいわれたそうです。
私も10年ほど前に浮腫みでひどい状態になりコントレックス(硬水)を
飲んでた時があります。その時にフランスのルルドの水より成分がいいと
聞いたことがあります。
活性水素が多く含まれてるようでミネラルも豊富とか。
我が家でも夫には日田天領水を飲ませています。
ちょっと高いんですよね。

今年に入って実家の母が腸に穴が穿孔っていうんですかね、
大変な思いをしています。肺癌手術後5年たって転移もないし
治ったようですが、その後体力の低下から元気とはいえない状態でした。
そして今、腸の穴...それで手術といわれたのですが断ったようです。
人工肛門の話もでたようですが、母はもう手術はしたくない、
もういつ逝ってもいいんだって、そんなことばかり言ってます。
私は姑と夫のことがあり、母は弟夫婦と同居なので任せてあります。
姑は認知症で要介護3でデイサービスに通ってます。
去年より今年の方がしっかりしてるので安心してますが
夫のことでガクンときてないか心配です。

私は今まで20年ほど働いてきましたが、なんでも20年あたりで
物が動くといいます。神社の建て替えもそうで
街の動きやスーパーなどもだいたい20年前後で建て替えや閉店など
何かしらの動きがあります。
私が頑張って働くという時期は終わって今度はお世話という形で
変わってきたのだなと思う昨今です。
金欠なので働きたいのですが、やはり姑や夫を無視して働こうとは
思うことができずにいます。

未来はわからない。
でも、進んでいくしかないですね。
posted by karin at 22:05石川 ☁Comment(0)肝臓癌