2017.5月初日

今日から5月。
朝から雨、でも昼頃には晴れてきて孫と散歩へ。
その次はワンコと散歩へ。
胃がずっと芳しくなく、なるべく散歩して
ストレス軽減を目指しています。

自分で思うより
多分...ストレス抱えてるかもしれません。
でも、かなり私は前向きというか
以前より考え込まなくなりました。

なるようにしか ならない...からです。

40代のころは、随分お金に困窮して考え方も卑屈でした。
なるようにしか ならない、という言葉が大嫌いで
聞いただけで虫唾が走りました。
なぜなら、どん底にお金がないときは
なるように ならない、   からです。
「しか」が抜けてます。

なるようにしか ならない、と
なるように  ならない、 似て非なるものです。

どん底にいたら切羽詰まってますから必死です。
でも、よーく考えれば
どん底でも
なるようにしか ならないのです。

例えばですが...
自己破産も自己再生法もなるようになった結果です。

でも、どうにもならないから 自己破産した!と考えてしまう。
どうにもならないから家を売却した、とも考えてしまう。
それって、考え方によっては どうにもならないではなく
なるようになった、どうにかなった、という形でもあります。
過去の知人や友人は文句や愚痴ばかりを言ってました。

つまり陰と陽、プラスとマイナス、
常に物事は表裏一体なのであります。
どうポジティブな考え方をして物事を超えるか、
苦境を考え方によって人生の歩み方まで違ってきます。

過去、自己破産、自己再生法など知人を何人か見てきました。
1歩間違えたら私もそうでした。
どう転んでもおかしくない人生だったと思えます。
今、このブログに当時の事柄を書くのも寒気がします。
私がそんな居場所から抜け出れたのは
多分...マイナス思考の人間関係、友人、近所などと
全て離れたからと思えるわけで。
当時を思い出すと、ひどいもんでした...
ろくな人間が周りにいなかったと今では笑い話。
もう7年以上たちます。結果、随分、考え方も変わり
人生の歩みもちがってきたなと思います。
大袈裟な言い方かもしれないけど、誰一人当時の
友人、知人、私の周りにはいません。
なので私は新しい友人作りをしないといけないのですが
無理もしたくないので、自然体でいます。
意外と過去を吹っ切ると幸せだったりします。


おかげで夫が肝臓癌という病気になっても
姑の世話をしていても、なるようになる、1日1日が大事。
過去も未来の不安も考えない。
すべては今日1日が大事、その積み重ねが人生と思えるようになりました。


夫もバイトに行けてるし、ありがたいことです。
倒れてもおかしくないのに。
癌はおとなしく、静かにしてくれてます。
姑も安定し、認知症も冬からみればいいようで元気でいます。
義兄貴夫婦が4か月ぶりに姑の顔を見に来てくれたようです。
姑が喜んでました。

5月初日に幸せ、と思える気持ち
ありがたいことです。

17日の通院日より

今週月曜の17日、通院日で夫と病院に行ってきました。
毎回と同じく内視鏡での検査、食道から胃にかけての
静脈瘤が治まってるか調べるのですが
11月から毎月入院して治療した甲斐あって
かなり綺麗になっていました。

医師が異動で県内の大手病院に移り
違う医師が担当になりました。
40歳くらいのドクターでハキハキしたいい感じの先生。
その医師がいろいろ説明してくれて安心しました。

今の病院へ紹介状もって来てから
隠れてお酒飲んでいることもバレて叱られ
それから一切お酒は飲まなくなり、それがかなり身体を助けたようです。
医師いわく飲まなければどんどん数字はよくなっていきます、
身体も良くなってる証拠ですよ、と。
でも、やめられない人がいるんです、どんなに悪くなっても
飲んでしまうので数値にはっきり出るんですよ、と。

今の状態は肝硬変中期だそうです。
これで良くなったというのですから、今の病院に来たときは
一体、どうだったのかと怖くなります。
また、癌が2個あるので、そちらの心配があるから
定期的に検査をしないといけないと言われ
3か月に1回はMRIだそうです。
来月29日にMRI検査予約がいれられました。
今のところ癌も小康状態でおとなしくしているようです。

今までは癌より静脈瘤がいつ破裂するか、
そちらの心配のほうが大きかったので命拾いしました。
それを収めるのに毎月入院で半年かかりました....
1回の入院が1週間ほどで6万から10万の間くらい。
それが11月から5回入りました。
内、1回は癌の腫瘍叩き、肝動脈塞栓治療で
本人も痛かったり辛かったりでしたが
家族もいろんな意味で大変でした。

これから、先は分からないけど多分
長い治療、病院とながーいお付き合いで...
と、いうか、我が家ではその病院も別荘みたいな感覚。
切っても切り離せない、大事な場所です。

私は前に異動した医師に聞きました。
夫が風邪をひいて薬が欲しいのですが、市販薬とか
夫の場合、どうなんでしょう?
病院でお願いすればいいですか?

医師は、風邪はひいてしまったら薬なんて効かないですよ。
飲む意味がない。そのまま治るまで待つしかない、
そう言われました。説明はそれだけです。

そして今の新しい医師にもあえて同じ質問をしました。
丁度、夫が風邪をひいていたし熱が出た場合など心配だったから。
医師は、薬は飲ませないでください。
市販薬はもってのほかで絶対ダメですよ。
ましてバフア○ンとか鎮痛剤もダメですよ。
熱が出たら冷やして下げるしかないですか?
そうです、とにかくご主人の場合は絶対、こちらから出す薬以外は
絶対飲ませないください。
何かあれば連れてきてください、私が見ますから。
肝臓が悪い人は鎮痛剤や市販薬など飲むと、悪さするんですよ。
その悪さがどう出るか、心配なんですよ。
バフア○ンはCMで優しいとかいってるけど全然優しくないですよ。
中には血を吐いた人もいますよ。
ご主人の場合、安易に市販薬は飲ませないことを守ってください。


私は同じ質問しても、これだけちゃんと返してくれる医師に
安心して帰ってこれました。
夫には、先生があれだけ言ったんだから絶対、もう飲んだらダメ。
そう言うと夫も分かったと頷いてました。

以前、家の近くの総合病院に夫が通ってる時に
肝臓の専門医だった医師が1年半ほど夫をみてくれてましたが
今思えば、癌に移行する前とはいえ、肝硬変になってしまったから
もう治療することはない、とはっきり言われました。
そして体力無いなら1か月ほど入院する?
そんな聞き方でした。
そして翌年、その医師が違う病院に移ったらしく内科の医師が
夫をみてくれることになりましたが、その医師がおかしいと思ったのでしょう。
検査してすぐ県の病院に行くようにと紹介状書いてくれました。

それが今の県立病院で内視鏡や消化器科の先生たちと話す機会があるたび
私はあの医師が言った言葉を思い出すのです。
治療することはもうない、なんて 、絶対ありえない!
肝硬変の末期だから治療はない、そう言うなら...
いや、治せないがその医師には正しかったのかも知れない。
でも、せめてその段階で県立病院に紹介状書いてほしかった。
癌という腫瘍が無くても、食道や胃に静脈瘤があったかもしれない。
治療することはもうない、なんて素人の私とて今はその言葉は信じられない。

家の近所の総合病院で夫は医師が3人変わった。
3人目の担当してくれた内科医師が紹介状書いてくれたわけだが
2番目の肝臓専門で講演会までしてる医師には書いてもらえず
内科の医師に書いてもらったという皮肉な結果だった。
1番目、最初の医師はお爺ちゃん医師だったが
ものすごく心配してくれてとにかく「家族を呼べ」とまで言った。
奥さん、大変なことになってますよ、肝炎から肝硬変の入るところですよ。
県立病院で検査もしなさい、と紹介状も書いてくれて行ってきた。
が、その時は肝炎ゆえ総合病院でお爺ちゃん医師にみてもらうことになった。
だが、その医師も年齢もいっており退職されたようだ。

そう思うと、人との出会いって人生左右するなーって思う。
そして医師も人なり、と思う。
医師もいろんな人がいて神さまじゃないんだって。
自分には医学という知識がないから医師を見ればどの医師も凄いと思ってしまう。
されど、こうやって病院と長くお付き合いしていくようになると
少しづついろんな物が見えてくる気がする。

夫は今日もバイトに出かけて行った。
私は仕事との縁は切れたが夫は癌になっても仕事運がある。
だからバイトにもいけるし、いけるだけの体力もあることは
それも仕事運なんだな...
若いころ、いつまで夫の弁当を作るのかとうんざりしたものだった。
しかし、今は夫の弁当を作れることがいかに有難いかと思うのだ。
ひまわりの種が芽を出した。
夫とひまわりが咲くのを楽しみにしている。






posted by karin at 14:23Comment(0)肝臓癌

前日記の続き(着圧靴下には気を付けよう)

前日記に書いた湿疹、ヘルペスではなく
着圧ソックスによる怖いトラブルでした。
内科に行ったら外部刺激だと言われ、間違いなく
夫が入院中にはかされた着圧ソックス。

それをはいて寝た日の翌朝、足がすごいことになって
7日目の今も真っ赤です。
過去、大丈夫だったけど今回は怖い思いをしました。
体に圧が加わること、すごく怖いことなんだと知りました。
顔面半分、お岩になって首にも真っ赤な斑点がでたこと
58歳になって即の怖い体験でした。

完治までかなり時間かかりそうです...(泣)
posted by karin at 22:35Comment(0)日記